姿なき挑戦者⑰ 寝台特急カシオペア (中編)

前章でも触れたが、今回紹介する「カシオペア」の乗車は函館からである。上りの寝台特急に乗るという経験は皆様お有りであろうか?というか、首都圏在住の私にとっては実に贅沢なひと時であるという感覚だ。旅行最終日の朝に東京に着く。実質自宅には午前中か昼間には到着するという事だ。これすなわち翌日の仕事に備えての心構えの時間が充分すぎるくらいにある・・・写真の整理もできるし、いいね、これ!みたいな感覚で乗れる夜行列車、しかも寝台特急というのが嬉しい。しかも今回は「カシオペア」だ。だが、残念ながら、私が発注していた「メゾネットスイート」が納品されず、結果、通常のカシオペアツインになってしまった。が、それでもかなりの贅沢。20年以上レールから離れていた私にとって、この寝台特急に乗車するという事は実に意味がある。

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(この章ではウィキペディアより画像を拝借してみた。先述したが、私がカシオペア乗車当時所有していたカメラのコンディションが良くなかったため画像に少々赤みが出ている。私の撮影した画像は次章で紹介してみようと思う。)

私が過去に乗車した寝台特急は「富士」「ゆうづる」「はくつる」「サンライズ」「北陸」「あけぼの」「北斗星」くらいか。しかも北斗星では初めて「ロイヤル」を体験した。その模様についてはこちらからご覧になっていただくとして、今回紹介しているカシオペアは私にとってはまったくもって新しいタイプの寝台特急であり衝撃的な列車でもあった。そう、カシオペアでは「北斗星」と同じような「スイート」がある事でこの列車の価値が倍増してくる。だが、当然のことながら「プラチナ」であるため私のような凡人ではとてもゲットする事は出来ないであろう。

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(改めてウィキペディアより。函館駅でのひとコマである。連絡船が廃止され駅構内の配線は大きく変更されたが、弧を描く独特のホーム風景は昔も今も変わらない。)

ただ、実は「カシオペア」の晩年付近で私は旅行会社に毎日発注で「スイート」をお願いしていた。つまり、運転日にスイートが空いている日があったら抑えるという事を旅行会社にお願いしていたわけである。が、結果的には玉砕してしまったが、ある意味いい経験になった。というか、一般的に最後尾のスイートを憧れであろうが、私は「メゾネットタイプ」の方が好みであるのはいささか変わりものであろうか?なんて言ってはいるが、結局今回紹介するカシオペアの乗車が最初で最後であった。だが、経験できただけでも人生において輝かしい名誉と足跡を残したであろう・・・

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(こちらもウィキペディアより。北海道に入ると非電化区間が連続するためご覧の機関車に変更される。機関車の重連はレールファンにとってみたら最高の「おもてなし」となるが、ご覧の機関車は国鉄時代のものであるのも感慨深いものがある。)

そんな思いもあり、私の寝台特急に対する思い入れはかなり深い。だから乗車する時は、それこそスーツビシッと決めて最上級の気持ちでその時を迎える・・・みたいな気分になる。
などと気取った台詞を記載してしまったが、紹介しているカシオペアの旅は、先述したが函館からの乗車となった。当時、江差線の制覇と函館市内の路面電車の制覇に1日取り、帰郷にカシオペアを使うという何とも贅沢な工程を組んだ。が、当然スイートなどはキャンセル待ちを含め取れず、結局予定通り「カシオペアツイン」の利用になった。それでもこうしてカシオペアの経験が出来ただけでも将来的に価値があろう。そんな寝台特急に最初で最後の乗車のため、路面電車を制覇した私は函館駅へと「はるばる」向かう。


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姿なき挑戦者⑰ 寝台特急カシオペア (前編)

「カシオペア」が時刻表上から消えてから久しいが、という事は、客車による寝台特急という概念が消えてからも久しい事になる。といというより寝台列車が大変に貴重なものとなってしまった現在、周知の通り「サンライズ」が唯一となってしまった。各都市にはリーズナブルなビジネスホテルなどが増え便利になり、更に夜行便に関しては列車がフェードアウトしていくのと反比例してバスが台頭してきて、特に若い世代からの評価が高い。夜の移動はバスが「常識」となった現在、違った意味で「バス」の番組もキャストが入れ替わり新たな旅が始まった。

北海道 2 229
(今回の記事の写真は、カメラのコンデションによりかなりお見苦しい画像を紹介してしまう事を予めご了承頂こう。こちらは上野駅で撮影した「カシオペア」であるが、「EF81」という機関車の形式からして実に昭和チックなイメージが良い!)

「カシオペア」と言えば私は「向谷実」を即座に浮かべるが、若い世代ではこの向谷氏は「鉄道好きの人の良いおじさま」的な感覚であろう。だが実は、周知の通り日本においての「フュージョン」という音楽のジャンルで人気の「カシオペア」の元メンバーであった。現在でもバンド自体は第一線で活躍するが、向谷氏は現在脱退している。しかしながらボーカルが無く、音楽の演奏のみでの勝負は、その質とセンスが問われるであろう。というか、この「カシオペア」という列車名を付ける際、実はJR東が向谷氏に打診したらしい。もちろん向谷氏は快諾、晴れてデビューとなったわけだ。

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(ウィキペディアからの向谷氏。若い世代のレールファンからは「人の良いおじさま」的イメージであろうが、実はものすごいミュージシャンなのだ!)

私の場合、初めて乗車した寝台特急が「富士」であった。その模様はこちらで紹介しているが、当然ながらカシオペアのような豪華さは無く、開放B2段ハネと現在でいうシングルデラックスの2パターンしか無かった。食堂車も連結していたが、とてもとても小学生の私にとっては高嶺の花であったし、しかも当時この列車を東京から西鹿児島(当時)まで24時間25分かけてフル乗車した列車でもあったので食堂車ばかりも利用できないよねっ!みたいな列車であったから、このカシオペアは格段の進化であるとともに、当時「夢の寝台特急」として各メディアでも度々取り上げられてきた「個室寝台」が実現した形であった。もちろん先発の「北斗星」でその夢は実現していたが、カシオペアでは「オール個室」というのが魅力的であった。だがしかし・・・難点をひとつ挙げるとしたら、ひとり旅では利用しにくい事である。

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(こちらは晩年の寝台特急「富士」。入線時に東京駅にて撮影した。私が小学生当時、まさか東京発の寝台特急が次々と廃止になるとは当時夢にも思わなかった。現在の頼みの綱は「サンライズ」のみとなってしまったが、車両寿命的にそろそろ局面を迎えている事であろう。)

そんな寝台特急「カシオペア」に最初で最後の乗車になったのが2009年の3月であった。ただ、全線制覇の都合上、函館からの乗車になってしまったのがやや残念であったが、終点の上野までじっくりと個室寝台を堪能。「北斗星」とはまた違った旅を味わえた。そんな旅の記憶を少しづつたどりながら紹介してみよう。


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芸備線讃歌⑯ 備中神代

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いよいよ芸備線シリーズの千秋楽を迎え、紹介する駅は備中神代なった。公式上の起点駅となっているが、実質の起点はお隣の新見となるであろう。実際に芸備線の列車は全て新見まで乗り入れる。そしてここは伯備線との接続駅となっているのは周知の通りであろうが、伯備線と芸備線のホームはハッキリと区別され、芸備線は3番線のみを使用する。かつては素敵な木造駅舎が存在したが、現在は駅舎が撤去され、残念ながら趣が半減以下になってしまった。しかしながらホームへ出てみると、その魅力は相変わらずであるが、伯備線電化に合わせホームも若干ながらリニューアルされて30年以上立っているとは思えないほどのメンテナンスぶりであった。

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かつての木造駅舎時代の部品の一部が使用されている駅入口。左側のポストも木造駅舎時代と変わらないのが嬉しい。


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思わず「いいね」をポチっとやってしまいたくなるような駅雰囲気。架線柱が大体的にあるのはもちろん伯備線の影響からである。というか芸備線の駅らしくないねっ!


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今まで紹介してきた芸備線の駅の中で最も立派な雰囲気であろう。1983年に電化された際にホーム等の設備が改良され、そして現在に至っている。


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時刻表に乗っている数字の羅列がやや多く感じるのは、今まで芸備線の時刻表しか見てこなかったからであろう。


さて、皆様は備中神代駅に対しどのような印象をお持ちであろうか?私は中学生、いや、小学生時代から思い入れのある駅としての印象が強い。秘境駅?いや、そうではないが、辺は穏やかな時間が過ぎている。とは言え、この駅に通ずるは国道から外れた道である。そしてその道は・・・
実はこの備中神代の次に訪問予定の布原へと続いている。当然ながらこの布原も超訪問してみたい駅のひとつであるが、グーグルマップなどでの事前調査で得た情報を見る限り、かなり危険と判断していた。更に現地に着いてみて、季節的に初夏という事も加味され、道脇の山肌には新緑の草木が自慢げに自身の成長を誇示していた。そんな草木に幅員を調整されてしまった道路は軽自動車でもギリギリの空間になっていてとても太刀打ち出来る状態ではなかった。ナビによると5分くらいで到着できるらしいが、とても前に進める状態ではない。強引に前に進もうとしたが、行きがあるという事は帰りもある。布原から新見に向かうには一旦備中神代まで再び戻らなければいけないらしい。内名に続きここ布原も断念・・・私にとって精神的に辛い旅となってしまった。
子供の頃から思い入れのある駅に列車以外で初めて訪問したというのに、私の頭の中はこの時布原の件で90%以上を占めてしまった。再び訪問するチャンスができたら、次回はしっかりと布原もチャレンジしてみたい。というか、通常の利用でない、いわゆる観光的な要素でこの駅を目当てに来る人って果たしているのであろうか・・・って、その張本人が私だったりして・・・


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芸備線讃歌⑮ 野馳

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実はこの野馳に来る前に内名への訪問予定であった。が・・・道中で大規模な草刈が行われていた!道一面が刈られた草木で覆い尽くされている。というか、通行止めになっているわけでもないのだが、前に進めない。係員の一名が「どちらまで?」と歩み寄ってきたので野馳駅へ向かう意向を伝えると「どうぞ」と通行の許可を得た。だが、それこそ緑一面の道路にはアスファルトのグレーを見つけることが出来ない。それどころか鋭利な枝がむき出しとなっている。レンタカー・・・というシチュエーションを考えるとこのまま強引に前へ進むのは危険行為かも知れない。私は「引き下がる勇気」を選択した。秘境駅として名高い内名を目の前にして、その場所に足跡さえ残す事ができなかった。だが、ある意味こうした勇気も必要と自身に言い聞かせ、次の訪問予定の野馳へ向かった。
その野馳であるが、当然ながら事前情報と前回の訪問で素晴らしい木造駅舎がある事は知っていた。前回の訪問時にはその駅舎をただ指をくわえながら眺めるに過ぎなかったが・・・今回の訪問では独占!かつてジャイアント馬場が、いや、正確にはターザン山本が「みんなが格闘技に走るので、私、プロレスを独占します!」みたいなキャッチフレーズを流行らせたが、まさに今回の訪問では野馳を独占してしまった!

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どぉ~ですか、お客さん!この絵に書いたような素敵な駅舎をご覧になって何を感じるであろうか。いや、何かを感じなければならない何かが潜んでいる!


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そして駅舎内へ。風光明媚とはこういうことを言うのであろう。

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前回、そして前々回の訪問時では全く気付かなかったが、なんと交換設備の残骸が!いかにかつて芸備線が重要な路線であった事が伺えるか、という事であろう。


ちょっと変な話をするが、私も後2年くらいで半世紀生きる事になる。という事も影響しているのであろうか、最近になって自身の「時間」を考えるようになった。かつてジャイアント馬場が試合前の練習で日本武道館の天井を見上げ「俺はあと何年この天井を見ることが出来るのかなぁ」的な事を晩年にはいつも考えていたらしい。そんな気持ちが私にもちょっとであるがわかるようになってきた。特に持病とかある訳ではないが、というより認めたくないが、自身の衰えを認めなきゃいけない部分も少なからずある。こうしてPCに向かっている時や、スマホを長時間使用している時などは特に目が疲れやすくなっている。
それこそ、あと何年こうした旅が出来るのが・・・

というか、正直言ってここだけの話であるが、私自身最近になってややおセンチになる出来事があった。公開する事は出来ないが、精神的に医療機関にもお世話になるほどの出来事であった。若い時ならまだしも、ある程度の年齢になってからの出来事はある意味逃げ場がない。そんな時にジャイアント馬場のコメントが気になり出す。そして私に人生のいろはを教えてくれた「矢沢永吉」の言葉が勇気づける。
これって鉄道ブログで述べる事ではないが、逆にこういうブログがあっても私はいいと思う。というか、なぜこの「野馳」でこんな事を綴っているのか私自身分からないが、恐らく私の人生は「レール」というひとつのカテゴリーに縋りながらこれまでやって来れたのであろう。レールに触れなかった時期が20年以上あるが、その期間は「プロレス」「音楽」などのジャンルに興味を持った。そしてレールにリターンした時に、レールから離れた期間は決して無駄な時間ではなかったと今でも感じる事が出来る。そして空白があったからこそのレールに対しての見方も出来る。
正直言って、おセンチから抜け出すにはもう少し時間がかかりそうだが、私にはこうした「味方」が今でもいるだけ心強い。いつかそれが「いい思い出」として受け入れられる自分に早く会ってみたい。そんな思いを抱きながら芸備線の旅、いや、芸備線の旅紹介はまだまだ続いていく・・・


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芸備線讃歌⑭ 小奴可

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実に厳しい寂れっぷりであった・・・
かつては列車交換ができ、私の中ではキラッと光る雰囲気を感じる駅であった。実際に小奴可を目の当たりにしたのは1982年3月であるが、下車はできなくともその雰囲気は車内から十分に伝わってきた。中学生の私を興奮させてしまう駅・・・というか、中学生の時点でこういった駅を得意とするようになっている自分が何か恐ろしさみたいなものを感じてしまうが・・・
ある意味この駅は私の得意とする「地味駅」の印象が強いかも知れないが、かつてはれっきとした「急行停車駅」でもあった。
ご覧の通り、駅舎は我々が最も好むであろう面構えであるが、現在は公式上では簡易委託駅となっている。だが実際は駅舎内は棒タクシー会社の事務所になっており、恐らく事務員的な従業員がタイミングが合えばJR券を販売する的なシステムであろうと思う。
だがこうして今でもその建家が残っているだけでも正直嬉しい。だが、私の知っている国鉄時代の利用者は400人前後であったが、現在は1人との報告もある。厳しい現実の中、果たしていつまで営業できるのか・・・みたいな思いもあるが、それこそ西で新たに導入される豪華列車でも芸備線内を走らせていただくと実に雰囲気が出ていいとは思いませんか?


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超レトロ感たっぷりの小奴可駅舎。ある意味貴重な部類になるのかも知れないが、現在の公式上は簡易委託駅。だが、私の訪問時は駅舎内は無人で、それこそ「フリーパス」で駅に入場できた。


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一目見てかつての名残が確認できる。そう、芸備線はかつて列車交換できる駅の宝庫であった。それだけの「位置」にいたのであろうが、現在はその面影も無く、単なる「ローカル」に転落してしまった。


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色こそ褪せてしまったが、かつては立派な急行停車駅でもあった。私的には芸備線ではお気に入りの駅のひとつであるのだが、棒線化されてしまったのが一番残念である。



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プロフィール

ダイヤモンド☆トナカイ

Author:ダイヤモンド☆トナカイ
創設:1969.03.09
所在地:神奈川県湘南地区

〇2013年6月11日、北陸新幹線長野駅にてJR全線制覇いたしました。
国内の鉄道は、沖縄の「ゆいレール」を残し全線制覇しました。(とは言うものの、2015年3月の北陸新幹線延伸によりJR全線制覇は「ベルト返上」しました)

★ ブログ記事の「リメイク版」は、以前にホームページで紹介した旅日記をブログでリメイクしたものです。


◎ブログの登場人物

★ ダイナミック☆トナカイ
・・・中学時代の後輩で、2013年に約30年振りに再会を果たした。数多くの写真を提供していただいた「盟友」でもある。

★ おさる・・・かつて私がバンド活動をしていた時のメンバーで、鉄道復活のきっかけを作ってくれた人物。彼とは「秘境駅」を数回訪問した「親友」でもある。

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