蝦夷からアイヌへ② 万字炭山

本当に鉄道の歴史があったのであろうか・・・完全に外界から隔離され「秘境」という名のカテゴリーではくくれない恐怖を感じた。
万字炭山とは、かつて室蘭本線の志文から枝分かれし万字炭山に至る、言わば炭鉱路線である「万字線」の終点駅である。現役時代は、旅客列車は全て岩見沢発着であった記憶だが、実はここに来る前に旧・万字駅にも寄った(その模様は後日紹介します)。志文から万字線方面へ車で向かうとだんだんと幅員が狭くなってくる。特に旧。万字を過ぎると完全に車幅ギリギリまで草木が生い茂り、砂利道に変化する。本当にこの先に駅が存在したのか・・・と疑ってしまうが、残念ながら現役時代に訪問できなかったのでその真意を確かめたく車を先に進めた。

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写真だとなかなか伝わりにくいが、万字より先の道は車一台がやっと通れる幅員である。本当にこの先に駅などあったのであろうかと疑ってしまう・・・

するとそこには事前に確認していた以上に荒涼とした風景が展開されていたのであった!本当にこんなスペースに石炭を積出すような設備があったのかと目を疑ってしまうくらい狭窄なスペース。ましてすぐ横に沢が有るため自然と片側が制限されてしまう。よくぞこんなスペースに駅を造ったものだと関心してしまうくらいの場所であった。そう、万字炭山駅跡はほとんど草木に覆われ判別困難であったのだ。ただ、その名の通り、基本「貨物」が優先されるであろう輸送目的のため、人的な輸送目的は後回しであったのだろう。というか、後で調べたら、私の訪問時には既に旧駅舎他は完全に撤去されてたらしい。

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そしてその行く手にそれは姿を現した。そこは荒涼とした自然なる風景で、かつて鉄道の歴史があった事など判別不可能であった。写真右側に駅舎があった。

そして万字炭山駅跡の先を更に進むと「万字森林公園」があるが、こちらが万字炭山の炭鉱跡と聞いた。そう、この森林公園こそ炭山とその集落であったのだ。だが、私の訪問時は万字炭山駅跡より先に進もうには更に道の幅員が狭くなっており、更に初夏の草木がその行く手を拒んでいるようなありさまであった。それより何より、絶対に野生動物が好む環境・・・出る!絶対に熊が出るはずであろう感覚であった。おそらくこんな場所で熊に出会ったら「白い貝殻の小さなイヤリング」はくれないであろうし、お礼に唄など到底歌えない!的な風景であった。この場所は本気で観光気分で訪問してはならない。私自身もクマ装備はそれなりにしていてもやはりいざという時に冷静になれるかどうか不安であった。だから車から出るのにかなりの覚悟と勇気が必要だった。現役時代もこんな感じだったのであろうか・・・と疑ってしまう、言わば「小和田」「小幌」などよりもかなり強度な秘境駅の雰囲気であった。国鉄時代は「秘境駅」というカテゴリーや概念が一般的ではなかったので、現在もこの駅が現役であったなら間違いなく秘境駅訪問家の評価も高かった事であろう。

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こちらが駅舎があった場所。基礎がしっかりと残っていた。駅舎があった時に訪問してみたかった、いや、現役時代に訪問してみたかった。

ただ、万字から万字炭山に向かう途中では廃墟や廃炭鉱設備的な建家が点在し、そこに石炭の歴史を感じた事も事実である。エネルギー革命によりゴーストタウンとなってしまったが、かつては間違いなく日本の経済を支えていた事であろう万字炭山。現役時代に訪問できた方が実に羨ましい限りである。

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そしてこの先に万字炭山の炭鉱と集落があった事であろう。だが、その確認作業はできなかった。

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そしてホームや側線があった場所は、線路が完全に撤去され、その後放牧に使われていたらしい。現在はご覧の通り、単純に空き地になっていたが手入れはしっかりとされていた。

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そして炭鉱設備と思われる廃建家。完全にゴーストタウンとなっていた。

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更にゴーストタウンの象徴であるかのように、民家もご覧の通りである。万字~万字炭山間にはこんな風景が展開された。


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蝦夷からアイヌへ①大狩部

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まずは厳しい現実を皆様に報告しなければならない。既に日高本線の現状は各メディアから報告あるように、災害により鵡川~様似間が不通になり代行バスで対応している。が、JR北海道が最近発表した事項では、同区間の復旧断念を示す内容であった。つまり代行バスが代行でなくなってしまう事を示唆していることになる。大変残念であるが、復旧する費用や、仮に復旧したとしても今後また同じ災害を受けないと言い切れない沿線風景であるし、経営内容的にも限界的な部分をも否定できない。そんな風景をこのブログで紹介しなければならないのは何とも皮肉な話である。だが、皆様にもこの日高本線の現状をよく知っていただきたいため、あえてこの記事を公開した。我々レールファンにとっても、そしてJR北海道始め関係者他、全ての方にとって辛い風景であるが、その現実をしっかりと受け入れなければならない事が実に厳しく辛い事項だ。

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正式ではないが既に廃止は決定しているような現実の中、私は日高本線を訪問した。災害により不通となっているとの報告が、この大狩部に来てものすごく実感することとなった。実はこの大狩部訪問の前に様似から苫小牧に向かって各駅を訪問していた。だが至って通常の状態でありとても現状の報告のような風景ではなかったので正直言って不思議な感覚であった。だがここ大狩部を訪問し状況が一転、実に痛々しい風景であった。そして残念であった。

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並走する国道の脇に、やや小さく見辛いが「工事中」の看板が立ち「現場」の入口になっている。ここが大狩部駅へと通じる道となるのだが・・・

特に静内などは完全に列車が当たり前のようにやってくるような風景で、学生などがちょうど帰宅時間であったのと私の訪問時間のタイミングが重なり、全く普段の風景であった。そして「みどりの窓口」も営業しており、むしろ列車がやってこない方がおかしい雰囲気であった。

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そしてその「入口」から砂利スロープを下ると大狩部が登場する。

ただ、国鉄時代から日高本線をフォローするかのように国鉄バスが並走して運転されていたし、併走する道路がしっかりと整備されているためもちろんバスに切り替えてもさほど問題はないものと思われる。しかしながら、特に静内付近では輸送力的に鉄道の方が断然有利であると思われる。

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スロープを下りきったところに華奢ながら待合室がある。華奢であるが、冬季にはとても大きな存在になるのは言うまでもない!

そして様似から襟裳経由で広尾に向かう「予定線」の構想も、片翼である広尾線が失われ、そして日高本線が現役から退こうとしている現在、その構想は完全に夢となってしまった。そんなドラマが大狩部の風景を一目しただけで一気に頭の中をよぎる辛い風景。2009年3月に初訪して以来の今回の訪問であるが、初訪の時とはまるで違う事情の中でもある意味、姿をとどめてくれただけでも嬉しい事なのかも知れない。

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列車がやってこないのが信じられない風景であるが、この後とんでもない現実を目の当たりにする事になる。

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「海に一番近い駅」は全国各地に山ほどあるが・・・こちらの駅も説得「大」である。しかしながら、その事が今回の日高本線を取り巻く事象の原因になろうとは、何とも皮肉だ。

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そして・・・こちらが日高本線を取り巻く現状。実に痛々しい風景であったが、このまま復旧を待たずにして廃止される方がもっとも辛い風景でもある

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レールが歪んでいる事がお分かり頂けただろう。このままなくなってしまうのは実にもったいない風景。であるが、沿線住民が安心して暮らせる風景が何より一番。

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大狩部の駅へは国道沿いの入口以外に、実は「勝手口」があった。国道より横道にそれると生活道路にはいるが、そこの一角に隠れた駅に通ずる道があった。その入口にはなんとバス停も!冒頭の駅名標の写真の左奥に見えるのがその通ずる道であった。

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そんな大狩部も、かつては泉ピン子的な関わりがあったと聞く。その証は現在撤去されていたが、それ以上にこの駅も数々のドラマを産んだ事であろう。歴史は閉じれど、その記憶は我々の脳裏にしっかりと刻み込まれている。

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蝦夷からアイヌへ~SASURAIの旅

今回紹介する旅は、実はおととい帰宅したばかりのホヤホヤの旅である。行き先は北海道。一部の人には紹介していたが、今回の北海道は日高本線、室蘭本線の苫小牧~岩見沢間、留萌本線、宗谷本線を、また、廃止路線として広尾線、万字線、幌内線、深名線、天北線などを訪問した。正直言ってかなりのハードスケジュールの中、意外に自身の思っていた以上にすんなりと計画が実行され、ある意味パーフェクトな予定の組み方であった。ただ、それ以上に、自身が思っていた以上に勤め先の面々たちが私の一足早い夏休みに対し反応が鋭く、各方面で私の北海道行きが話題になっていた。

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(北海道ではお馴染みの「貨車駅」であるが、どれも同じように見えてもひとつひとつの駅にそれぞれのドラマがある。)

普通、北海道~旅行というと「カニをたくさん食べて~」とか「函館の夜景を観て~」とか・・・いわゆる「観光」が一般的であるが、私の場合、一般の旅行とは違う「旅」となるためなかなか理解してもらえないのが現状だ。つまり、レールファンは常に孤独な生き物なのである。しかしながら・・・今回嬉しいことがあった。それは・・・本当に一名であるが、私のこの特殊な「趣味」に対して共感してくれる同僚がいたのだ!これは実に大きな出来事であり大きな励みとなった。そして私の今後における大きなステップとなったのだ。

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(こんな場所へも訪問。既に他の駅では撤去作業が始まっている。)

かつて「ルビーの指輪」を大ヒットさせた某有名俳優がいたが、当時、その曲に隠れて同じ時期にベストテン入りした曲が2曲あった。「シャドーシティ」と「出航~SASURAI」であるが、私はむしろこちらの2曲の方が好きであり、「ルビー~」がなぜあれほどヒットしたのかわからない。特に「出航~」の歌詞が好きで、2番の「いつの日かこの俺も命尽き果てるなら あの雲にまかせてはるかに彷徨い(さすらい)歩く・・・」の部分が、当時小学生・中学生ながらに心に響いた。今回の北海道の旅はまさにそんな自分をうまく表現してくれている・・・そんな北海道の旅であった。

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(北海道の廃止路線としては比較的新しい深名線。国鉄時代から赤字ワースト路線としてその名は高かった。)

ただ、正直言って普通の一般的な軽い気持ちでは決して足を踏み入れてはいけない箇所もあった。本気で命懸け的な部分もあったので、ある意味覚悟をしての部分もあった。そんな旅を、このブログをご覧のあなたが少しでも共感してくれたら私も幸いである。では次章よりそんな北海道の旅をじっくりと紹介していこう。

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実際に訪問して実感した日高本線の被害。復旧断念という現実を、身を持って思い知らされた感じであった。

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三段峡への挑戦⑥ 安野

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実は、安野という駅自体を今回の訪問でその存在を知った。ご紹介の旅が決定した時に、当然ながら訪問先をピックアップする。そのプロセスの中で、現役時代は地味だった駅も廃線になればこうして存在感をアピールしてくるのだ。だから過去の現役時代の姿が光ってくる・・・逆に言うと何とも皮肉な話だ。って、私が勝手に思っているだけであるが・・・
というより、やはりこの安野は現役時代に訪問してみたかった。もちろんできなかったわけではないが、かつての「いい旅チャレンジ20000km」時代に、つまり国鉄時代に訪問を検討した結果、約半日を費やしてしまう行程がどうしても歩留まり悪く感じ、つい後回しにしてしまった。結果的に可部線非電化区間を制覇できずに終わってしまうという結果になってしまったが、やはり経験出来るうちに経験しておくというのが最大のセオリーという事を、過去を振り返っても嫌というほど経験してしまっている私にとって、更なる追加事項となってしまう。
であるが、ご紹介するように、ほぼ現役時代のまま現在も姿をとどめていることが実に嬉しい。だが、現実問題列車はやって来ないが、面影すら残っていない他の廃止路線の事を考えると、本当に感謝の思いで止まない。今後もこの地に鉄道の歴史が存在したことを後世に伝えるためにも是非「証拠」としていつまでも残していただきたい。
そして、前回に引き続き今回も国鉄時代の写真を、相互リンクさせていただいてる「プラットホームの旅」を管理なさっている「massi1」様にご協力頂いた。この場を借りまして、改めて感謝の意を表したいと思います。
ご覧になってお分かりいただけるように、国鉄時代はJR時代に比べかなり味がある事にお気づきになられる事と思う。ちなみに私は可部線に限らず国鉄・JRともに経験あるが、今になって改めて両者の違いがはっきりとわかるような気がする。それは、私と同世代、または先輩の方々もお気づきになられている事と思われるが、その答えは明白であろう。

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そしてこちらは国鉄時代の駅名標であるが・・・もちろん貴重な存在!「massi1」様、ご協力ありがとうございます!


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まず、私の訪問時の2016年夏。つまり現在の姿であるが、マジ、現役時代そのものではないか!かつて列車交換ができた事と思われるが、後に紹介する「massi1」様の写真を視て更に驚いた!


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こちらが私の訪問時の2016年夏。そして・・・

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こちらは「massi1」様ご協力の国鉄時代。ど~ですか!ほとんど変化が無い事にお気づきであろうと思われる。実に、まさに嬉しい限りだ。今後もこのまま継続して後世に伝えて欲しい気持ちである。


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そして「massi1」様ご提供の国鉄時代。いや、既にJR化されてからのお写真かも知れないが、いずれにしても国鉄色に染まっている事間違いなし画像。そして、既にこの時代から交換設備が外されていた事が確認出来る貴重な資料となった。


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そして再び私の訪問時に戻る。ちょうど政(まつりごと)を司る重要な何かが開催中であったらしい。駅前には堂々、そのアピール度100%状態であったが、確かこの駅は既に役目を終えているはず・・・

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構内にある踏切も現役時代そのまま。というか、マジ、冗談抜きで営業しているのではと錯覚してしまうほどの保存具合。


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そして私は次の駅に向かった・・・


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三段峡への挑戦⑤ 安芸飯室

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(現役時代の駅名標。写真は「プラットホームの旅」より。そう、国鉄時代の貴重な写真だ!)

以前に可部線の駅訪問に関してはいくつか紹介したが、まだ紹介していない訪問先があるのでいくつか紹介してみたい。まずは安芸飯室であるが、現在でも駅舎やホームがしっかりと残っている。ウィキによると、駅舎はカフェが営業しているらしいが、私の訪問時はそのような印象は記憶が薄い。何か公民館的な雰囲気で使われているような印象であったが、もしかしたら記憶違いかも知れない。それより大事なのは、今もこうしてレールがあった証がある事。可部線の非電化区間は最後まで力の限り頑張って営業してくれた印象だ。ただ、駅前には国道が沿い、代替えバスを走らせるにも不足はないくらいの幅員であるので十分にその役割は果たせることであろう。
現役時代は島式ホームの駅で、加計とともに可部以北の非電化区間では列車交換が出来る駅として役割を果たした。晩年は無人駅であったが、当然ながらCTC化されポイント操作の従業員が必要なくなってからの事であろう。

さて、今回も現役時代の写真を、相互リンクさせていただいている「プラットホームの旅」を管理なさっている「massi1」様のご協力をいただく事にした。この場を借りまして御礼申し上げます。

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現在の安芸飯室の姿。現役時代をそのままに、管理人が違えど今もこうしてレールの歴史を後世に無言で伝えている。


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いざホームへ。ご覧の通り、現役時代は列車交換ができたのだとひと目でわかる風景。ただ、こうして見てみるとやや華奢な印象である。朝の通学時は大丈夫だったのかと・・・


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通常では考えられないような場所にある部品。というか、一般的にはなかなか認知度が低いであろうが、我々レールに携わる者が見ると、なんとなく胸騒ぎがするのはなぜか?


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普通に現役時代を感じる風景であろう。今後もこうしてこの状態を維持してもらいたいが、できれば現役復帰が一番の姿であるのは言うまでもない。


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もちろん「代替えバス」もちゃんと機能しているが、正直、鉄道で金儲けすると考えた場合はなかなか辛い風景かも知れない。


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レールがあった一部の場所は駐車場になっていた。その理由をウィキで調べたら、どうやら駅舎はカフェとして再利用されていたらしい。ただ、私の訪問時はそのような賑わいは無かった印象であった。


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最後に、こちらの写真は相互リンクさせていただいている「プラットホームの旅」を管理なさっている「massi1」様のご協力のものである。とても貴重な国鉄時代の姿を経験なされているというのは実に素敵で羨ましい限りである。ご協力ありがとうございました!


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そんなこんなで次の訪問先へと向かっていった・・・



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プロフィール

ダイヤモンド☆トナカイ

Author:ダイヤモンド☆トナカイ
所在地:神奈川県湘南地区

〇2013年6月11日、北陸新幹線長野駅にてJR全線制覇いたしました(当時)。
国内の鉄道は、沖縄の「ゆいレール」を残し全線制覇しました。(とは言うものの、2015年3月の北陸新幹線延伸によりJR全線制覇は「ベルト返上」しました)

★ ブログ記事の「リメイク版」は、以前にホームページで紹介した旅日記をブログでリメイクしたものです。


◎ブログの登場人物

★ ダイナミック☆トナカイ
・・・中学時代の後輩で、2013年に約30年振りに再会を果たした。数多くの写真を提供していただいた「盟友」でもある。

★ おさる・・・かつて私がバンド活動をしていた時のメンバーで、鉄道復活のきっかけを作ってくれた人物。彼とは「秘境駅」を数回訪問した「親友」でもある。

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